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労災保険給付を会社が争う手段について

2024/06/17

労災保険給付について

従業員が仕事中に怪我をした場合等の業務災害が起きると、国の制度としていわゆる労災保険給付が支給されることになります。

この労災保険給付は、従業員の負傷、疾病、障害が、「業務に起因したもの」(業務起因性)である場合に支給されるもので、プライベートな事情によるもの(いわゆる私傷病)は対象外とされています。

例えば、建設機械を操縦中に落下したといったケースでは業務起因性に疑いが生じにくいですが、メンタル疾患のケースや、従業員の持病が関わるケースでは、業務起因性があるかは一見して分からないため、会社としては慎重な対応が求められます。

会社としては、「従業員の疾病は、うちの業務とは関係がないはずだ」と主張したいケースもあることでしょう。

従業員が労災保険給付を申請して、国がこれを認めて労災保険給付を支給した場合、公正な機関が業務起因性を認めたという事実が残ります。

その後に、従業員が会社を訴え、会社に安全配慮義務(健康配慮義務)違反があると主張した場合、裁判所としても、「国が業務起因性を認めたのだからその可能性が高い」という第一印象を抱いてしまいます。

また、労働保険徴収法では、労災保険料に、いわゆるメリット制を採用しており、業務災害の発生件数が多い事業者ほど負担が増える仕組みになっていますので、業務災害であると認められたことは、会社の支出が増加する要因となりえます。
 

会社側から労災保険給付の認定を争うことができるか

従業員の場合、労災保険給付の判断に納得がいかない場合(業務起因性が認められなかった、後遺障害等級が低かった等)には、不服申立てをして争うことができます。

それでは、会社も同様に、労災保険給付の判断に納得がいかない場合(例えば、私傷病であると考えられるにも関わらず業務起因性が認められてしまった場合)には、不服申立てをすることができるのでしょうか。

かつては、会社には不服申立ての権利がないとされており、これに対する異論はさほど大きく唱えられませんでした。

これは、労災保険給付は国と従業員との関係で、給付をするか、するとしていくらか、というものあって、会社はその当事者ではないこと(支給の対象ではないこと)が理由とされていました。

東京地方裁判所昭和36年11月21日判決をはじめ多くの裁判例がこの考え方を採用し、また、行政解釈も同様でした。

労災保険給付では会社は争えないため、会社が業務起因性を争う手段は訴訟しかありませんでした。

従業員から安全配慮義務違反による損害賠償請求を受けるか、会社から債務不存在確認訴訟を起こすか、という限られた状況の中で、業務起因性を争うことになります。

この段階では国が業務起因性を認めており、これが固まっているので、裁判所の判断もこれを認める方向に傾きがちであり、会社としては苦しい状況に立たされていたと言えます。

しかし、上述したように労災保険料はメリット制であり、業務災害が認められてしまうと今後の労災保険料の負担額が増えるかもしれないのに、会社が形式的には当事者ではないことを理由にして不服申立ての権利がないとすることは適切でしょうか。
 

近年の動向について

このような問題意識から、近時、会社が労災保険給付の支給決定に対して、不服申立てをする権利があることを認める裁判例が出てくるようになりました。

東京地方裁判所平成29年1月31日判決や、東京高等裁判所令和4年11月29日判決は、メリット制により会社に不利益が生じうることを根拠にして、会社の不服申立ての権利を認めています。

他方で、労災保険給付の支給決定の時点では、メリット制による会社の不利益は可能性にすぎず、会社には不服申立ての権利がないと判断する裁判例も存在しています(山口地方裁判所令和4年9月21日判決)。

厚生労働省の「労働保険徴収法第12条第3項の適用 事業主の不服の取扱いに関する検討会」の報告書においても、会社は労災保険給付の支給決定について不服申立てはできないと結論づけられています。
(この報告書では、実際にメリット制による労災保険料の認定がされた場合、その認定に対する不服申立ては可能で、その中で労災保険給付の決定を争う余地があるとされています。)

行政解釈としても、会社に不服申立てを認めないとの見解が、今でも一貫して採用されています。

このように、会社の不服申立てを認めるかどうかについて、どちらが優勢であるとも言い切れないのが、本記事を作成した時点の現状です。

早急に最高裁判所の判断がなされることを期待しながら、今後の動向に注目したいところです。


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