はじめに
従業員のすべきことが何かといえば、企業の業務指示に基づく「労務の提供」ですが、私傷病によってそれが遂行できない事態があり得ます。
労務の提供ができないからといって解雇にしないのが多くの日本企業であり、就業規則に「休職制度」を定めている企業が多いと思われます。
この休職制度は、解雇猶予措置と位置付けられており、就業規則に定める休職期間が満了すると解雇又は自然退職としている企業が多いことでしょう。
東京高等裁判所平成29年11月15日判決は、休職期間の終了間際に、従業員が「復職可能」との診断書を提出したものの、企業が退職扱いとしたことが有効であると判断された事例です。
休職中の従業員を復職させるか検討する場面で参考になる事例として、ご紹介します。
事例(東京高等裁判所平成29年11月15日判決)
雇用主Y社は、自動車関連部品の開発・設計・製造・販売等を行うことなどを主たる業務とする株式会社。
平成24年2月、従業員XはY社に入社。
平成25年7月22日、Xは適応障害の疑いと診断され、1か月の自宅療養が必要であると診断された。
平成25年7月30日~10月29日、Xは傷病欠勤し、同月30日からは傷病休職となった。
Y社の就業規則上、Xが12か月傷病休職すると、自然退職になると定められている。
(平成26年10月29日まで傷病休職すると12か月になる。)
平成26年9月29日、Xは主治医から、同年10月31日までの自宅療養を要するとの診断を受け(診断1)、診断書をY社に提出。
診断1を知り、Y社が、このままでは自然退職になるとXに連絡した。
その直後、同年10月17日、Xは主治医から、症状軽快のため通常勤務は問題ない旨の診断(診断2)を受け、診断書をY社に提出。
Y社は診断2を知ったものの、Xを自然退職とした。
判 決
(本控訴審は、第1審の判断が妥当であるとの結論となっているため、以下は第1審判決から抜粋)
診断1からわずか18日後に通常勤務が可能である旨の診断2を受けている。
短期間で診断結果が変わっている上、その内容も制限勤務ですらなく通常勤務可能という180度転換した内容になっている。
診断2の結果については、疑問が残るといわざるを得ない。
Y社の代理人弁護士がXの主治医に事情を聴取したところ、主治医は、原告の病状について、「うつ病に近く、ぎりぎりうつ病まではいかない」、「仕事に戻るとなると心理的負荷は大きくなる」、「抗うつ剤及び比較的強い睡眠導入剤を処方している」と述べた。
また、主治医は、診断1から診断2へ変わった理由について、「Xが会社に戻りたいと希望したため」と述べ、通常勤務可能としたことについて、「医師としては制限勤務とすべきと思っているが、それであると就労可能でないと判断されてしまうこともあり、Xから書くよう希望されたため」と述べた。
Xの症状は、自宅療養を要するとされた診断1から軽快しておらず、診断2において通常勤務可能とされた理由は、もっぱらY社を退職となることを避けたいというXの希望にあったというべきである。
復職を不可としたY社の判断は正当というべきであるから、休職期間の満了により、原告を退職扱いにしたことは有効。
解 説
休職事由が消滅した状態が復職可能な状態といえますが、これは基本的に、「従前の業務を行える状態か、又は軽易作業から入ればほどなく従前の業務を行えるほどに健康状態が回復した状態」であるとされています。
労務の提供が困難となれば会社は休職を命じますが、ほとんどの企業で休職期間は無期限とされておらず、期限が設けられています。
休職のリミットを超えてしまうと退職、つまり職を失うことになりますので、休職期間の満了間際になると、従業員が、真実は就労可能な状態ではないのに、これに反して「復職できる」と主張してくることは少なくありません。
企業が安易に従業員の言葉を信じて復職させてしまうと、従業員の私傷病が悪化してしまう結果になりかねず、そうなると企業の安全配慮義務が問われてしまう危険が生じます。
休職事由が消滅したかを最終的に判断するのが企業であるとしても、医師の医学的な判断を聞き(具体的には診断書を提出してもらって)、企業はその診断を尊重している、というのが実情です。
ですが、医師が作成した診断書であっても、必ずしも正確なものではない、という点には気を付けなくてはなりません。
従業員が企業に提供する診断書は、産業医等が作成したものではなく、従業員の主治医が作成したものです。
従業員の主治医は、あくまでも「患者」である従業員に寄り添う立場の医師ですから、①患者の意見を尊重し、患者の希望に沿う傾向があります。
また、患者の具体的な就労内容を知りえない(従業員が伝えない)ため、②当該従業員の従前の労務が行えるかどうかではなく、軽作業も含めた一般的なイメージから就労可能性を判断しがちである、という特徴があります。
そのため、主治医が作成した診断書には、「就労可能である」と記載されていることがほとんどです。
当然ながら、医学的知識を持つ医師の診断ですから正確であることがほとんどなのですが、弁護士としては、何か疑わしいと考える事情があった場合は、主治医との面談で疑問点を確認すべきであると考えます。
なお、今回のテーマとは逸れますが、復職の可否を巡るトラブルとして、「主治医の復職可能という診断と、産業医の復職不可という診断とが正面衝突する」というケースがあり、この場合の企業の判断は非常に難しいものです。
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