はじめに
建設業等においては、作業現場は会社の事業所とは別であり、かつ、事業所からそれなりの距離があることは少なくありません。
このような、従業員の労働の場所が会社の事業所ではない場合には、一旦会社の事業所に集まって荷物を積んで社用車で現場へ移動するパターン、一人が社用車を運転して何人かの従業員を一定の場所で乗せて移動するパターン、現場に作業用の機械や資材は置いてあって従業員が直行するパターン等があります。
現場に直行している場合はよいのですが、従業員が集まって社用車で現場へ移動している場合、それが仕事なのか、通勤なのか、という問題が生じます。
仕事、つまり労働時間であればその時間分の給与が発生しますし、その時間を含めて割増賃金を算定しなければならず、企業の負担は増えることになります。
東京地方裁判所平成20年2月22日判決は、朝に会社の事業所に従業員が集合し、そこから社用車で作業現場へ向かうことがほとんどであった場合に、現場への移動が「労働時間である」と判断された事例です。
労働時間に該当するかを判断する際に参考になる事例として、ご紹介します。
事 例
雇用主Y社は、上下水道、衛生設備、冷暖房及び各種管工事の設計並びに工事請負等を業務とする株式会社。
Y社における従業員の所定労働時間は午前8時から午後5時であり、休日の定めは日曜及び祝日であった。
Y社の業務は、各現場にY社の従業員が赴いて、そこで配管工事などの作業を行うもので、作業は、二人一組の班で行われている。
Y社の事務所に一旦は皆で集合するのが常態となっている。
その前に事務所から徒歩5分ほどのところにある、Y社の車が置かれている駐車場や、余り物などを置いてある資材置き場に立ち寄った上で、現場に赴く車両に配管の資材や機械等を積み込んだ上で、各現場に赴くことが少なからずあった(直行はほとんどない)。
Y社の従業員の勤務実態は次のとおり。
・所定の始業時間は午前8時だが、午前6時50分にはY社の事務所に集合。
・班のリーダーを中心に当日の番割り(誰がどこの現場に行くかの人員割当てや作業応援)、配管工事等の各現場の行き先の打ち合わせや、各現場における留意事項等業務の打ち合わせがなされる。
・その打ち合わせに基づく当日の作業内容や現場の状況は、班のリーダーからもう一人へと伝達される。
・一旦事務所近くの駐車場兼資材置き場で、現場に赴く車両に資材や機械を積み込む作業や事務所に隣接する倉庫から必要な資材を積み込む作業も相当に存在し、そのような作業はY社の事務所に集合する前後にわたってなされることが多かった。
・現場で作業を終了するのは原則として午後5時。
・その後は、班の従業員が車両でY社の事務所へ戻り、事務所、倉庫及び駐車場兼資材置き場で道具、機材の手入れや材料の仕分けを行う。
・その上での後片付け、さらには勤務日報の作成をすることもあった。
判 決
○ Y社の事務所から作業現場への移動が労働時間に当たるか
① 従業員は全員、事務所から徒歩5分ほどの駐車場兼資材置き場にバイクや車で来て、そこでY社の車両に資材等を積み込んでから、事務所に午前6時50分ころに来ていること
② その後主に班リーダー同士で当日入る現場や番割りさらには留意事項等の業務の打ち合わせが行われていること
③ その間、班のもう一方は事務所隣の倉庫から資材を車両に積み込んだり、入る現場や作業につき班リーダーの指示を待ったりする状態にあること
④ Y社が従業員を当日どこの現場へ差し向けるかは天候にも左右され、当日休む者が出た場合に変更となることもあったり、前日までの各現場の作業の進捗状況に応じて采配していたりする実態が見受けられること
⑤ 従業員は、自宅の近くの現場に直行することがある場合以外、現場への直行はしていないこと
以上からすれば、事務所へ午前6時50分には来ることをY社から実質的に指導されていたものと評価することができ、直行の場合を除いて少なくとも午前6時50分以降は、従業員はY社の作業上の指揮監督下にあるか、Y社の明示又は黙示の指示によりその業務に従事しているものと考えるのが相当である。
○ 作業現場からY社の事務所への移動が労働時間に当たるか
① 現場の作業を終えた後も班(二人一組)で、車両で事務所へ戻ることが原則的な勤務形態となっていること
② 事務所に戻った後(とりわけ午後5時前後)に5班のうちの他の班が戻ってこないときは、道具の洗浄や資材の整理等をしていること
以上からすれば、従業員は黙示にY社の指示によりその業務に従事していたものと考えられるから、作業現場から事務所に戻った後の時間も実働時間に含めて取り扱われるべきである。
解 説
企業が従業員に給与を支払う必要がある時間、つまり労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている」時間を言います。
反対に、労働時間ではない時間というのは、「労働から完全に解放されている時間」を言います。
例えば、通勤時間は労働時間ではありませんが、これは、始業時間までに就業場所に着いていれば足りるもので、途中で寄り道をしようと、どんなルートを通ろうと、何をしていようと自由ですから、労働からは解放されている時間です。
従業員同士で集まって、それから作業現場に向かう場合、その時間が労働時間に当たるのかは「指揮命令下に置かれているのか」「労働から解放されているのか」といった視点で判断されています。
今回の事例のように、会社の事務所への集合を事実上指示していたり(二人一組での行動を指示している)、そこで作業の打合せや準備が行われていたりする場合、それは会社の指揮命令下に置かれていると判断されやすいでしょう。
そうではなく、直行直帰が多く事務所への集合を指示していなかったり、作業の打合せや準備は前日までに行われていたりする場合、それは指揮命令下ではないと判断されやすいでしょう(あくまでも従業員同士が話し合って、自らの判断で一緒に現場に行っているのならば、それは通勤時間と変わりがない。)。
このように、作業現場への移動が労働時間と判断されないようにするには、何人かで一緒に現場へ移動することを暗黙的に指示しない(運転者や集合時間は従業員同士で決めてもらう)、打合せや準備は前日までに済ませておく、といった対策が有用になります。
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