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(続)労災保険給付を会社が争う手段について(最高裁判所令和6年7月4日判決)

2024/09/26

(続)労災保険給付を会社が争う手段について(最高裁判所令和6年7月4日判決)

以前、従業員が労災給付を受けた際に、その支給決定に対する不服申立てを、会社(雇主)ができるかどうか、という問題点について記事にさせていただきました。

弁護士コラム:労災保険給付を会社が争う手段について

この記事を作成した時点では、東京高等裁判所令和4年11月29日判決の最高裁判決が出ていなかったのですが、その後に判断がなされました。

会社にはどのような不服申立てが認められているのか、最高裁の考え方が示された最高裁令和6年7月4日判決を解説いたします。
 

いわゆる労災保険のメリット制について

(厳密にはやや複雑な制度であるため、簡潔な内容にしています。)
労災保険は政府が行う事業で、その費用は事業主から徴収した労働保険料(労災保険料)等が充てられています。

この事業主が納付する労災保険料は、【賃金総額×保険料率】で算出されます。

そして、この「保険料率」は、過去3保険年度の間にその事業主に生じた災害率に応じて増減されるものです。

労働災害の発生が多いほど保険料率が高くなって事業主の負担が増加し、反対に少ないほど保険料率が低くなって事業主の負担が軽減される、という仕組みになっています(いわゆるメリット制)。

このため、事業主である会社にとっては、従業員が「労働災害である(=業務起因性がある)」と訴えていることが、労災と認定されるかどうかによって労災保険料の負担が変わることになります。

このメリット制は、事業主間の公平を図ること、災害防止の努力を促すことが目的です。

最高裁判所令和6年7月4日判決では、このメリット制の点もふまえて、行政が行った労災保険給付の決定に対して、会社・企業側が不服を申し立てる権利(原告適格)があるのか、が判断されました(結論は次のとおり、原告適格なし、との判断となっています)。
 

最高裁判所令和6年7月4日判決(要旨)

不服申立ての権利を有する「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。

労災保険法が、労災保険給付の支給又は不支給の判断を、その請求をした被災労働者等に対して行うとしているのは、労災保険の目的に照らし、労災保険給付に係る多数の法律関係を早期に確定するとともに、被災労働者等の権利利益の実効的な救済を図る趣旨に出たものである。
これは、特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものとは解されない。
事業主に労災保険給付を争う機会が与えられてしまっては、労災保険給付に係る法律関係を早期に確定するといった労災保険法の趣旨が損なわれる。

事業主が納付すべき労働保険料の額は、申告又は保険料認定処分の時に決定することができれば足り、労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い。

特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということはできない。
すなわち、事業主(会社)は、労災支給処分に対して不服申立てをする資格(原告適格)を有しない。

このように解したとしても、事業主(会社)は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるから、上記事業主の手続保障に欠けるところはない。
 

解 説

この争いの本質は、労災保険給付にまつわる会社と従業員の利益をどう調整するのか、という点にあると考えられます。

・労働者(従業員)の視点「怪我や病気で満足に働けず、収入が減って苦しいので、早く労災保険から給付してほしい」
・事業主(会社)の視点「労災と認定されたら納付する労災保険料が上がって負担が増えてしまうから、認定されないようにしたい」
(これに加えて、「政府から労災と認定されてしまうと、後に損害賠償請求を受けた時に、裁判官から『政府は業務起因性を認めたのだな』と見られてしまうので、これを防ぎたい」)

最高裁は、次のとおり双方の利益の調整を図りました。

・政府による労災保険給付決定は、会社に争う資格がない。
⇒ 政府が業務災害を認定すれば、従業員には早期に労災保険給付がなされる。
・その後に、会社が納付すべき労災保険料の認定がされた時に、保険料算出の基礎となる労災保険給付の是非を争う資格がある。
⇒ 「あの時の労災保険給付決定は、業務災害ではないのに支給されたものである。」「これを過去3保険年度で生じた業務災害にカウントして、保険料率を算出することはおかしい」と主張することができ、争う機会が保障される。

会社が納付する保険料の認定までのプロセスは、業務災害発生⇒政府の労災認定・労災保険給付⇒過去の業務災害のカウント・これを基礎とする災害率の算定⇒保険料率・保険料額の認定、というものです。

最高裁は、会社が争えるのは、上記プロセスにおける労災保険給付の段階ではなく、その後に国から「この保険料を徴収する」という処分(保険料率・保険料額の認定)を受けた段階であり、その不服申立ての中で、過去の労災保険給付が誤りであると主張できると判断しているのです。

しかしながら、ここで、若干の疑問が生じます。

「業務起因性がある」として労災保険が支給されたにも関わらず、その後の労災保険料の認定で会社が不服を申し立てて、「業務起因性がない」と会社の主張が認められると、矛盾が生じてしまいます。

この点について、厚生労働省からは、「労災保険料の認定において、会社の不服申立てが認められ、労災でないとの判断がされたとしても、既に支給した労災保険給付は取り消さなくてよい」との見解が示されています(基発0131第2号令和5年1月31日)。

つまり、従業員が受け取った労災保険給付はそのままでよい、矛盾する二つの判断が併存しても構わない、ということになります。

一見すると、最高裁の判断はとてもバランスが良いように解されますが、全てのケースに妥当するとは限りません。

なぜなら、従業員の数、災害度係数によっては、業務災害が認められたとしても保険料額が増えることにならない場合があり、その時まで会社は労災保険料額の認定に対して不服申立てができるのか、という問題があるからです。

総論としては、今回の最高裁判決によって、会社が不服を申し立てられる手続が定まりましたので、この最高裁判決が実務に与える影響は大きいと考えられます。

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