はじめに
会社としては、部署の統廃合や人員の偏りを見直すといった理由から、従業員を配置転換させて事業を円滑に動かしたいと考えることがあります。
配置転換を命じると、従業員によっては、「部署異動があるなんて聞いていない」、「その部署では自分の経験やスキルを活かせない」と主張して、反発してくることがあります。
通常、そこで部署異動の理由を説明して、納得してもらうことが多いのですが、中には最後まで納得せずに、争いに発展することもあります。
そもそも、法的に、会社は、従業員を自由に配置転換させることができるのでしょうか。
日本の雇用システムでは、無期雇用は終身雇用を意味し、定年まで勤めることを軸にしており、様々な部署を経験させる人事ローテーションが組まれていることが多いといわれています。
他方で、特定の専門技術や経験を理由に従業員を採用した場合、これを発揮できない部署で勤務させることは会社にとって望ましくないことが多く、また、従業員も想定していないことでしょう。
職種を限定する合意が特になければ、人事ローテーションを前提としているので、権利濫用にならない範囲で会社は、配置転換を命じることができます。
職種限定の合意がある場合、その範囲外の部署に配置転換することは、原則として許されないと考えられていますが、これが例外的に許容されるケースがあり得るのかが議論となっています。
今回ご紹介する「最高裁判所令和6年4月26日判決」は、職種限定の合意がある場合に配置転換が許されるかが争われた事例になります。
事 例
平成15年4月、従業員AがY法人に入社。Aが数多くの技術資格を有し、溶接ができることを見込んで会社が勧誘し、機械技術者の募集枠としてAを採用した。ただし、契約書などには、職種を限定する明確な記載はない。
Aは、主任技師として、福祉用具の改造・製作、技術開発などの業務に従事した。Aは、溶接ができる唯一の技師であった。
平成21年、Y法人がAに障害児向け入浴介助用具の製作を指示したところ、Aは安全性を疑問視して寸法の変更を求め、製作を拒否した。
平成23年以降、福祉用具の改造・製作の業務件数は年々減少し、同部署の人員も平成29年度には、A1名となった。
Y法人としては、福祉用具の改造・製作業務をやめる決定をしていた。
平成31年3月、Y法人は、Aに対し、技術職から総務課の施設管理担当への配置転換を命じた。
Aは、配置転換の無効等を理由として損害賠償請求し、会社を提訴。
判 決
労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。
事実関係等によれば、Aと会社との間には、Aの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、会社は、Aに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。
解 説
まずは、職種限定合意を認めた理由を見ていきます。
この事例では契約書等に職種限定の記載がなく、黙示の合意があったかどうかの判断になります。
Aは溶接ができる技術者であり、その資格と技術を見込んで会社側から声をかけ、特定の技術職の枠として採用されています。
入社してから技師としてのみ従事し、Aと同じ技術を持つ者は会社にいなかったようです。
そして、Aは、技術職として十数年間、Y法人に勤務しており、これらの事情により、Y法人とAとの間で、黙示の職種限定の合意があったと認定されています。
特定の技術や技能を重視して採用した従業員には、黙示の職種限定合意が認められやすいといえます。
次に、本判例で注目すべきは、職種限定合意がある場合、会社は配置転換を命じる権限がない、と言い切っている点になります。
これまでの裁判例では、職種限定合意があったとしても、配置転換を命じることがただちに許されないのではなく、配置転換を命じるほどの理由があるか=配置転換命令が権利濫用かどうか、で議論されることが多かったと言えます。
実際、本事例の第一審、控訴審でもこのような枠組みが用いられ、会社の配置転換命令が権利濫用とは言えないと判断されています。
この判決によれば、職種限定合意がある従業員を配置転換させるには、従業員の同意を得る必要がありますので、配置転換をお考えの会社は注意しておくべきです。
特に中途採用の場合、何らかの経験、資格、技術等に魅力を感じて会社が採用することが多く、(黙示の)職種限定合意が認められる可能性が高いため、慎重に検討した方がよいでしょう。
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