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就業規則の変更による賃金(給与)引下げが無効とされた事例(最高裁判所平成12年9月7日判決)

2024/05/22

はじめに

会社にとって人件費が大きなウェイトを占めていることは間違いがなく、業績が悪化したら全体を下げざるを得ないこともあるでしょうし、人材確保のために賃金構造を変えたいと考えることもあると思います。

しかしながら、給与は従業員にとって生活の糧であり、これを下げることは従業員の生活に大きな打撃を与えることになるため、「賃下げ」は、法律上、簡単にはできません。

多くの会社では、従業員の賃金は就業規則(賃金規程)に定められています。
給与の引き下げを合法的に行う一つの方法が、この賃金規程の改定になりますが、この賃金規程を従業員の不利益に変更することは、労働契約法10条の諸条件をクリアしなくてはなりません。

最高裁判所平成12年9月7日判決は、上記労働契約法10条の礎となったとされる判決の一つで、就業規則の変更により、55歳に達した従業員の給与(これに連動して賞与)を大幅に下げ、高年齢層への人件費の偏りを是正しようとしたことが「無効」と判断された事例になります。

賃下げのハードルの高さが分かる一つの事例として、ご紹介いたします。
 

事 例

会社は、地方を拠点とする地方銀行です。当該地域の銀行としては珍しく、60歳定年制を採用していました。

いわゆる年功序列型の賃金体系であり、55~60歳の高年層の賃金がとても高く、人件費全体に占める割合が多くなっていました。

昭和60~62年の会社は、高コストで収益力の弱い企業体質を有しており、金融情勢が変化して銀行の収益環境が悪化し始めていたことがあって、賃金体系の見直しが急務となっていました。

会社は、高年齢層の賃金を下げるべきと考え、55歳に到達した従業員は専任職とし、その給与を40~50%と大幅に削減する内容の就業規則変更を実施しました(実施後5年間は、経過措置があり、緩やかに給与削減が行われる規程となっていました。)。

どの程度の将来賃金が削減されたかは個人差がありますが、裁判の当事者である従業員を見ると、経過措置の適用を受けても40%前後の削減が見込まれていました。

他方で、中堅層は賃金が増えた従業員が多くおり、会社の人件費全体は増加しています。
55歳以上の従業員が、このような就業規則の変更は無効であり、変更前の就業規則に基づく賃金を受け取る権利があるとして、提訴しました。
 

判 決

裁判所の判断(要旨)は次のとおりです。

特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。

① 就業規則の変更の必要性
他の地方銀行よりも定年年齢が高く(55歳定年が多かった)、そのために高年層の賃金が高くなっていたから、組織改革によって賃金の抑制を図る必要があった。
また、会社の経営効率を示す諸指標が全国の地銀の中で下位となって低迷しており、弱点のある経営体質を有していたことに加え、金融機関間の競争が進展しつつあった。
以上から、就業規則を変更する高度の経営上の必要性があったといえる。

② 従業員が被る不利益の程度
55歳以上の従業員の、就業規則変更後の賃金減額は、個人差があるものの40~50%となる見込みである。
実施後5年間は経過措置によって減額が緩やかだが、それでも当事者となっている従業員の削減見込みは33~45%となっている。
他方で、労働時間が短縮されたわけでも、職務内容に大きな変更があったわけでもない。
また、減額される年金の一部を補うものや、特別の融資が設けられているが、大幅な賃金減額に見合った代償措置とはいえない。
賃金面における55歳以上の従業員の不利益は極めて重大である。

③ 他の考慮要素
地域の賃金水準に比べてなお優位にあるものであるが、高年層の事務職員であることを考慮すると、変更後の賃金が格別高いものであるということはできない。
段階的に賃金が増加するものとされていた賃金体系の下で長く就労を継続して50歳代に至ったものであり、これは、55歳定年の企業が定年を延長の上、延長後の賃金水準を低く抑える場合と同列に論ずることはできない。

高年層の従業員につき雇用の継続や安定化等を図るものではなく、逆に、一方的に賃金を切り下げるものと評価せざるを得ない。
中堅層の賃金について格段の改善がされており、人件費全体は逆に増加しているというのである。
企業経営上、賃金水準切下げの差し迫った必要性があるのであれば、各層の従業員に応分の負担を負わせるのが通常であるところ、本件は、そのようなものではない。

本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の従業員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ない。
1年で5分の1ずつ賃金減額を実施し、5年かけて緩やかに賃金減額が完全に実行されるという経過措置があるが、これだけでは従業員の被る大きな不利益に見合った経過措置とはいえない。

全従業員の約73%を組織する労働組合が、この就業規則変更に同意しているが、原告となっている従業員が加入する労働組合は反対している。

結論として、この就業規則の変更は、高年層の従業員に対して専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない従業員らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。

賃下げとなる就業規則の不利益変更は許されない。
 

解 説

この判決の他にも、労働条件の不利益変更が認められるかが争われた事案が多くあり、これらの判決における考え方の枠組みは基本的に一致しています。

それは、①従業員が被る不利益の程度がどれくらいかを判断し、これを許容できるだけの②変更の必要性、③変更内容の合理性があるかどうかを、④その他の要素を加味しながら結論を出す、というものです。

①については、不利益は変更内容全体を見て判断されており、例えば、給与が減額になったとしても、労働時間が短縮されるとか、職務内容や責任が軽減されている場合、給与減額のみを捉えて従業員に不利益があることにはならない、ということです。

本判決では、55歳以上の従業員について、労働時間の短縮や職務内容の変更がないにも関わらず、最終的に40~50%減額となる給与削減をしており、従業員が被る不利益は大きいといえます。

②については、本判決のような賃下げであれば、経営上の理由が考慮されることになります。
例えば、経営状況がひっ迫し、本格的なリストラ(整理解雇)が実施されるなど雇用危機にある企業においては、場合によっては、従業員は職を失うよりも大幅な賃金減額で雇用が保証される方が合理的、ということもあり得ます。

本判決では、弱点のある経営体質であることは認定されていますが、これは抽象的なものにとどまっており、収益が大幅に減少している等の事態には陥っていないため、55歳以上の従業員の将来の給与を大幅に削減するほどの「高度の必要性」があるとはいえません。

③については、同業種の傾向(同じように賃下げをしているのか)や、賃下げ後の給与が同業種の水準と比較してどうか、といったことが考慮されます。

本判決では、高年層の給与を削減する一方、中堅層の給与は増額していますし、また、高年層であることを加味すると他の企業と比較して特別高いとはいえないようであり、就業規則の変更内容の全体に合理性があるとはいえないと考えられます。

④については、労働組合との交渉経過や従業員への説明などが考慮されます。
本判決では、最も規模が大きい労働組合と交渉して合意を得ており、反対している労働組合とも交渉をしていますが、それだけでは上記不利益を肯定する事情にならないといえます。
(他の事例では、全従業員の90%が加入する労働組合と合意しているものもあり、本事例ではそれほどの規模になっていません。)

印象としては、本事例は、一部の従業員だけを対象として、大幅な給与削減を実施したことがポイントであり、この著しい不利益を肯定するだけの経営上の事情(差し迫った経営危機など)や周辺事情がなかったために不利益変更が認められなかったのだといえます。

従業員の賃下げを検討する際には、本判決は参考になる事例です。
単なる「コスト削減」といった理由だけでは、従業員の賃下げを許容できる経営上の理由とはいえず、難しいと考えられます。

当事務所は、会社・企業側の労働問題を専門的に取り扱っている弁護士事務所ですので、経営上の必要があって従業員の労働条件を変更したい、というご相談もお受けしています。

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