はじめに
本裁判例(千葉地裁令和5年6月9日判決)は、泊まり勤務において夜勤手当が割増賃金の算定基礎とされた事例です。
日中業務よりも労働密度の低い夜勤がある業態における残業代を考える上で有意義な事例として、ご紹介させていただきます。
事 例
本件は、Y法人(グループホーム等を運営する社会福祉法人)で働いていたXが、夜勤時間帯の就労にかかる未払い残業代を請求した事案です。
Xは、Y法人において、入居者の生活支援の業務を行っており、日中の業務の他に、夜勤として泊まり込みも含まれていました。
ただし、夜勤については、見回りや居室のチェック、未明に起床して行動してしまう入居者への対応等の業務が行われており、その労働の頻度は高くはありませんでした。
そして、Xには、基本給の他の、1回の泊まり勤務に対して「夜勤手当6000円」が支給されていました。
以上のような事例において、
原告であるXは、残業代の算定基礎は、基本給をベースにすべき(基本給をベースにすると、時給単価約1550円)と主張し、
これに対して、被告であるY法人は、夜勤手当6000円が泊まり込み勤務8時間の労働対価であり、残業代は、これを算定の基礎にすべき(夜勤手当をベースにすると、時給単価750円)と主張して争いました。
裁判所の判断
上記の争点について、裁判所は、次のように述べて、結論において、泊まり込み業務の残業代の基礎は、夜勤手当を基礎とすると判断しています。
労基法37条の割増賃金(※残業代のこと)は、「通常の労働時間又は労働日の賃金」を基礎にして計算されるところ、本件雇用契約においては、夜勤時間帯については、基本的に夜勤手当以外の賃金を支給しないことが就業規則及び給与規程の定めにより労働契約の内容となっていたものと認められる。
このように解すると、夜勤手当6000円は、泊まり勤務1回8時間の労働の対価として支出されることとなるので、その間の労働に係る割増賃金を計算するときは、夜勤手当額が基礎となるものと解される。
なお、夜勤時間帯の労働密度の程度にかかわらず、日中勤務と同じ賃金単価で割増賃金を計算することが妥当とは解されない。
弁護士コメント
本件は、日中の業務に比べて労働密度の低い夜勤の残業代計算をどのように考えるかについて有意義な事例となっています。
本裁判例では、夜勤手当を残業代の計算の基礎としていますが、これとは違い、基本給を残業代の基礎とすべきと判示した他の裁判例も少なくないため、個々の事例における判断となっているものと考えられます。
夜勤(例えば、仮眠が許されている等、日中業務より労働密度の低い夜勤)のある業態においては、雇用契約書や就業規則において、夜勤に対する労働対価は何なのかを明確することが必要と考えられます。
なお、本件では、原告側から、夜勤手当6000円を8時間分の労働対価と考えると時給単価が750円となり、最低賃金を下回ってしまう、という主張もなされましたが、裁判所は、「最低賃金に係る法規制は全ての労働時間に対し時間当たりの最低賃金以上の賃金を支払うことを義務付けるものではない」と原告の主張を退けています。
この点についても、学説では見解が分かれているところであり、争点となり得るものと考えられます。
残業代の問題等でお困りの際には、是非、ご相談ください。
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