はじめに
令和6年8月28日付で、内閣官房・経済産業省・厚生労働省の連名で、「ジョブ型人事指針」が公表されました。
国は「キャリアは会社から与えられるもの」という社会から「一人ひとりが自らキャリアを選択する」という社会に変化しているとの前提で、個々人のスキルアップや企業の競争力維持等のために、ジョブ型人事の導入を進めるとしています。
今回の指針では、企業がジョブ型人事を導入するための参考として、ジョブ型人事を導入した20の企業の実例が紹介されています。
ジョブ型人事制度について
この「ジョブ型人事」について簡単に説明します。
従前からの日本における雇用制度の基本は、「新卒一括採用」「年功序列」「定年までの終身雇用」です。新卒で入社してからは、人事ローテーションを前提に企業から役割を与えられ、その役割をこなせば毎年昇給して給与が上がっていくというものが典型例です。
ここでは基本的に、職能…すなわち「その従業員」に対して給与が設定されており、何部に所属していようと、役職が何であろうと、給与が大きく変わらないようになっています。このような人事制度は「メンバーシップ型人事」と呼ばれています。
これに対して、企業が「このような能力・技術を求める」という役職や配置を設定し、それに見合った従業員が配置される、というものが「ジョブ型人事」と考えていただければと思います。
ここでは、職務…すなわち「その仕事」に対して給与等の労働条件が設定されており、入社歴、年齢などは基本的に問われません。
役職や配置が固定されるという部分は、職種限定採用に近い性質があります。
なお、「ジョブ型人事」の定義や捉え方は人によって差があることや、実際に企業が取り入れる場合はジョブ型とメンバーシップ型が融合した、いわばハイブリット型になることが多く、実際には、どちらの型なのかをはっきりさせる必要はありません。
一般的に、ジョブ型人事であれば、優秀な若手社員の離職を防止できるとか、優秀な人材の受け入れがしやすくなるとか、従業員のスキルアップのモチベーションになるとか、人材の移動がしやすく労働市場が活発になる等のメリットがあると言われています。
ジョブ型人事と解雇制度の関係について
実際にどのような影響があるのかは分かりませんが、弁護士として関心が強いのは、「ジョブ型人事を採用すれば解雇が容易になる」という不確かな説が囁かれていることです。
これは、「ジョブ型雇用を採用している欧米では、解雇が容易になされている」というイメージが根底にあるようですが、必ずしもそうはならないと考えられます。
解雇には、大きく分けますと、懲戒解雇、整理解雇、普通解雇がありますが、懲戒解雇の難易は、懲戒事由の重大さや過去の懲戒歴等の事由によるものであり、ジョブ型人事でもメンバーシップ型人事でも変わらないといえます。
次に、整理解雇について考えますと、経営方針によって特定の事業や部署がなくなる場合、伴って「その仕事」がなくなることは起こりやすく、「その仕事」に当てるために従業員を雇用した以上は、解雇しやすくなる可能性があるとは言えるかもしれません。
もっとも、実際の事案においては、当該従業員が、自分のスキルや経験を活かせる別の部署への配置転換を希望し、それが実現可能であるという場合も考えられ、判断が分かれることも予想されますので、ジョブ型人事であれば簡単に整理解雇ができると判断することは早計です。
続いて、能力不足などを理由とする普通解雇について考えますと、一見、「その仕事」において期待された仕事をこなせないのならば、解雇をしてもよいのではないか、とも考えられます。
ですが、「その仕事」にその従業員を当てるかは採用時に十分に判断されているはずであり、後に期待が外れたからといって簡単に解雇できるとするのは相当ではない、という考え方もあります。
一部の研究者からは、実際にジョブ型人事を採用しているヨーロッパで能力不足解雇が有効とされた件数をみると、日本とは有意な差が見られないとの意見も出されており、注目に値します。
以上の点は今後の裁判例の蓄積が待たれるところです。
現時点では、企業がジョブ型人事を取り入れるかどうかは、解雇がしやすいかどうかに重きを置くことなく、公平な賃金の分配や人材確保といった観点から検討されることが安全と言えます。
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